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RNO--970
 1月 本科生講座
演題      【房総の仏像探訪ー薬師如来ー】
  講師              天台宗宝聚寺住職  濱名 徳順 先生
講演要旨
 房総に仏教が伝来したのは7世紀後半頃と推定されるが、それ以降近世・近代に至るまで様々な仏像が造像され、今日に伝世するものも少なくない。今回はその中で薬師如来の古像にスポットを当てて紹介してみたい。房総仏像彫刻最古の作例とされる栄町龍角寺の銅造薬師如来坐像をはじめ、平安初期に遡る南房総市小松寺の木造薬師如来立像等、美術史的にも興味深い仏像を画像で紹介しながら、そうした仏像の背景にある文化や宗教を読み解きたいと考えている。
○栄町 龍角寺の薬師如来坐像
 関東地方でも最古の仏像の一つ。奈良法隆寺の薬師如来像と同時代のものと考えられる。銅造大きさ130cm630年頃鋳造されたもの。江戸中期火事て焼けてしまったため、体の部分は修復されたものだが、頭部については白鳳時代に作られたもの。奈良の薬師寺の像より少し古いものと思われる。顔の表情はおおらかなほほえみを浮かべており、中国、朝鮮半島の百済、新羅の時代の美術の影響を受けている。東アジアとの交流のあとが見える。この時代の作品の特徴はまぶたが二重まぶたになっており、上のまぶたが下のまぶたにかぶさっている「蒙古ひだ」となっている。残念ながら秘仏であるため、実物は拝めないが寺の近くの「房総風土記の丘」の博物館にレプリカがある。
○南房総市 小松寺 薬師如来立像 像高147cm 木道
 平安時代初期に作られた。寺は昔の千倉町の森の中にあり、秋はもみじの紅葉、夏はヒメハルゼミの鳴声が聞ける名所。この薬師如来像は優しい顔立ちのお薬師さんとは印象が違い怖い感じがする。横から見るとやや猫背で薄っぺらだ。寺の境内にあった枯れたかやの木を使って仏像を作ったものと思われる。奈良時代は天皇の命により、都の中心地に薬師寺が作られたが、平安時代になると、国の後押しもなくなり、設置場所も森林に近いところに寺が建てられるようになった。仏像も銅で鋳造され金メッキされたものから、木造のものとなった。これは当時の庶民の宗教観が、森の神秘、霊力に畏敬の念を持つようになり樹木の生命力のたくましさに憧れの気持ちを抱いていたからだと考えられる。仏の顔の表情も鬼気迫るものを感じさせるのは、当時の人々が天空の災いを沈めたり、地域の怨霊を払いのけるために薬師如来にすがったためである。
この像と良く似た像は、奈良 室生寺の釈迦如来立像 238cm 木造850年頃、東京 寛永寺の薬師如来立像142cm 木造 10世紀がある。
○印旛村 泉福寺薬師如来立像 95cm 木造 漆箔 12世紀  略
○印旛村 松虫寺 七佛如来像 中尊54cm脇尊約38cm 木造  略