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RNO--740
 10月合同講座
演題           ユネスコと私の生き方
  講師        女優・ユネスコスペシャルアドバイザー
                           栗原 小巻 さま
 千葉実年大学校の皆様はまさに実年世代の方々であると聞いており、人生の先輩がいると思う。俳優は一生の勉強だと考えている私は、講師としてではなく一表現者として何かをアドバイスしたい。
 人がが人として誇りを持って生きるには、識字教育が大切だ。日本では識字率が高いが、世界には恵まれない子どもたちが多い。そんな実情を視察するのも私の役目の一つだ。確実に未来は子どもたちの手にある。ユネスコにおける私の活動は10年になる。最初はパリのユネスコ本部から声がかかり、東アジア子ども芸術祭にオブザーバーとして参加してもらいたいとの要請があった。
 東アジア芸術祭の第一回は中国の北京だった。東アジアの子どもたちが一堂に集まった。子どもたちには平和という希望がある。私は子どもたちの明日がすばらしい時代となるよう願いをこめて参加した。そこでは私は自作の詩に託し、友情の大切さ、平和の尊さを語り伝えた。文化や言葉の壁を越え、この芸術祭に参加することにより、笑顔と笑顔で友情を育み、それぞれの国の文化を互いに尊重しあうことが出来た。これこそがこの芸術祭の趣旨であり、ユネスコの意味である。ユネスコ憲章の一部を紹介する。人間の尊厳、平等、相互の尊重、文化の大切さ、性・自由・平和のための教育、平和は人間の精神及び精神的全体の上に築かれる。人は心の中に平和を築かなければいけない。
 東アジア芸術祭第二回目は日本の福岡市、三回目は韓国、四回目はマカオ、五回目はモンゴルのウランバートルで開催され、相撲の白鵬関が参加した。一昨年の夏、第六回目が中国の瀋陽で開かれ、東金市の子どもたちが参加した。郷土の文化・芸能を披露して日本の心を伝えた、見事に文化大使の役を果たした。
 ここで私の俳優としてのことを話す。NHKの大河ドラマの三人姉妹の末娘、おゆきの役で皆様に知っていただいた。その後多くのドラマ・映画に出演した。基本は新劇女優。新劇というのは戦争のさなか千田是也先生やそのお仲間が反戦のための演劇活動を始め、それが現在に至っている。私に演劇・平和の心を教えてくれたのは千田是也先生だ。その心を基に全国の鑑賞会で演芸活動をしている。この活動が私のライフワークとなっている。
 振り返ってみると、舞台・ドラマ・映画で多くのすばらしい作品や、役に恵まれ、出会うことが出来た。また、沢山の巨匠、名匠といわれる監督の作品に出演させていただいた。今井 正監督もその一人だ。監督の作品の一つ「ひめゆりの塔」では女学生を率いるおなご先生の役で出演した。沖縄の悲劇を思い出すとき、胸が詰まる。撮影とはいえ、雨と泥の中を必死の思いではいずり回ったり、逃げ回ったりした。私たちはこの戦争のことを知らないので,いろいろな文献や記録を勉強した。そのときに出会った手記を朗読する。
「私たちは戦争が激しくなってから、島尻に避難していきました。あの頃は那覇から島尻というと大変遠い田舎に行く感じでした。昼も夜もどこをどう歩いたのか、とにかくマカベ方面に逃げるということでした。私の家は8人家族でしたが・・・・・」敗戦間近の砲弾の飛び交う沖縄の惨状と、逃げ惑い助かったときには、母と二人だけになってしまった作者が、戦争の悲惨さを子どもたちに語り継ごう決心する心情を、歌と朗読で感情豊かに表現された。以下略
この講演料は講師の希望により、全額ユネスコに寄付されました。日本ユネスコ協会から「ユネスコ世界寺子屋運動」に使わせてもらうとの連絡がありました。