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RNO--3137
 2012年 3月 聴講生講座
演題                【 筝と私 】
  講師    生田流筝曲作曲・演奏家    酒井 典彦(雅邦) 先生

講演要旨 
1.筝の楽器の説明
 「琴」と「筝」の違い。琴はことじ(ブリッジ)を用いず全て左手でポジションを押さえて音を作る楽器。元来七絃で平安時代によく行われたが、現在はほとんど伝承されていない。
 現在の筝は、古代中国で生まれ、奈良時代に雅楽の中の一つの楽器として日本にもたらされた。
 筝は「竜」になぞらえて各部の名称が付けられている。これは、中国で作られた筝の形が竜に似ていることから、楽器全体を竜に見立てて名づけられた。たとえば竜頭、竜尾、竜腹、竜眼、竜舌、龍角、竜手・・・・・
 材質は桐で中は音が共鳴するよう中空になっている。糸はかつては絹糸だったが、現在はテトロンが使われている。

2.筝の音楽の歴史
 近世筝曲の誕生
 中世紀末に、北九州で筝だけを伴奏とした新しい音楽が現れた。その後、これを学んでさらに現在の筝曲の基礎となる新しい筝曲を大成させたのが、八橋検校(やつはしけんぎょう1614〜85)である。彼は三味線の名手であったが、それまでの筝の音楽を整理、補作をして大幅な改革を行った。
 筝の発展
 江戸時代、筝曲は主に盲人男性によって作曲、演奏されていた。「当道」という盲人の職業組織の中で検校・勾当(こうとう)などの位を持ち、競って芸術的価値の高い作品を作り出した。

《六段の調べ》八橋検校作曲 (江戸時代初期)を演奏

3.筝と私の人生での関わり(実演を主として)
 私の子どもの頃は、女性は中学校3年生までお琴を習うのが一般的であった。女姉妹に囲まれて育った私は、姉たちの稽古を眺めていたのだが、中学校入学を期に妹と一緒に筝を引き始める。師匠に認められ、ほめられることで興味が湧き練習すればするだけ引けるようになり、筝が楽しくなった。
 高校生になり稽古は一時中断したが、大学入学後は再度師匠に付き、名取になるための稽古をする。そのかいあって名取に合格したのだが、師匠の急逝により、若輩ながらお弟子さんを教える立場となる。
 大学卒業後10年間、一般企業の社員として働きながら土、日曜日筝の師匠として弟子の指導に当たってきた。ふとあるとき思い立って会社をやめ現在に至る。
 妹の酒井和子さんの伴奏で実演した曲
・さくらの変奏曲 ・ベートーベン 「エリーゼのために」 ・宮城道雄 「瀬音」   ・ふるさとの四季のメロディー  ・荒城の月