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RNO--2609
 2011年 7月 聴講生講座
演題          【 江戸時代の幕府の牧場 】
  講師      京都造形芸術大学非常勤講師   高見沢 美紀 先生
 
講演要旨
 はじめ
 江戸時代、房総半島内に存在した幕府直営の「牧場」をとりあげる。
当初は「軍馬養成」にあった役割が、時代を下るにつれて変化していく様を、支配の変遷や、牧場内を狩場とした将軍鹿狩りからみていく。一方で、幕府の意図の変化に沿いながらも、在地において実務を担当した人々が牧場運営に尽力していく姿、また近隣であることから役負担を強いられた村々のしたたかさを紹介する。
1.幕府直営牧の位置と役割
(1)牧場の数と位置
?小金牧 下総台地の北西部
 庄内牧(寛文・延宝期と享保期の新田開発で消滅)高田台牧・上野牧・中野牧・下野牧・印西牧 「小金五牧」
?佐倉牧 下総台地の北東部
 油田牧・矢作牧・香取牧・内野牧・高野牧・柳沢牧・小間子牧 「佐倉五牧」
?嶺岡牧 千葉県南部
?愛鷹牧 駿河国愛鷹山

(2)野馬捕と上げ馬
 ?下総台地の低地は田畑が開け集落ができたが、台地の上は耕作には不向きで荒地に野間が自然繁殖していた。台地の地形を生かして野生馬を囲い込んで牧とした。
 ?野生馬を囲いの中に追い込み(捕込み)その中から優良馬を選別して、軍馬として江戸城の厩へ納めた。(上げ馬)

2.牧に携わる人々  支配の変遷と運営の担い手
(1)牧場支配の移り変わりと「野馬奉行」綿貫氏       略
(2)実務担当者の牧士(もくし)たち            略
(3)牧附村々の負担と受益                 略
 
3.将軍による小金原鹿狩の開催
(1)将軍の狩猟:鷹狩りと鹿狩               略
(2)小金原鹿狩の特徴
 ・享保10・11年八代将軍徳川吉宗
 ・寛政 7年十一代将軍徳川家斉
 ・嘉永 2年十二代将軍徳川家慶
(3)八代将軍吉宗による鹿狩の様子と開催意図        略