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RNO--1184
 2010年6月 本科生講座
演題    【元政治記者の憂い・日本の行方】
  講師    株式会社総合ビジョン 代表取締役社長 秋田 敏彰 先生
講演要旨
1.自己紹介・政治記者への道と政治取材
  私は徳島の池田高校卒業、昭和21年生まれ。美川憲一、菅直人、西川きよ しと同い年。平成12年からNHK千葉放送局長を4年間勤め現在に至る。
  千葉県は自然、人、文化何れもすばらしく東京にも近く住みやすいところ だ。千葉に赴任する前の先入観とは違う。今では千葉県のよさを方々で宣伝 している。
  私は佐賀、北九州、沖縄、福岡の各放送局を経て昭和60年報道局政治記者 になった。新人記者のスタートは地方支局に配属され、司法、警察担当のい わゆる「サツ回り」だ。この仕事を通して「事実を早く正確に伝える」と言 う報道の基本を学ぶ。
  現在では警察の捜査中は報道機関の取材が必ずしも自由にできないが、私 が新人記者だった昭和40年代の地方での取材は、警察と報道機関との関係が おおらかであり、相互の協力体制があった。生々しい事件現場を見せてもら い学ぶべき点が数多くあった。新人記者が一人前になったかどうかの判断は
 「選挙の票読み」がきちんとできるようになったかどうかで判断される。正 確な票読みをするには、各党派の政治家秘書などと日頃からきちんとした人 間関係を築き、信頼関係を結んでいないといけないからだ。相手から信頼さ れ本当のことを話してもらい、それぞれの党派からの取材と照らし合わせて
 いくことで、より正確な票読みができるようになる。
  政治記者のスタートは惨憺たるものだ。担当することになった政治家に挨 拶に行ってもけんもほろろに扱われ見向きもされない。惨めさを味わう。仕 方がないので政治家の自宅の門の前に立ち、夜仕事が終わり帰宅する本人を 待ち「お帰りなさい」と頭を下げる。朝、車で出かける本人に「行ってらっ しゃい」と頭を下げる。これを1ヶ月もしていると、お手伝いさんが玄関に 呼び入れてお茶を出してくれるようになる。そのうちに政治家本人から「お はよう」声がかかるようになり、自分の名前を覚えてもらえるようになる。
 次は、奥さんから朝食に誘われ家に上げてもらえるようになる。しかし自分 から口を利いてはいけない。担当政治家から話しかけられるのをひたすら待 ち、その時的確な返答をすることだけ考えて黙々と食事をご馳走になる。こ うして徐々に信頼を得るようになる。
  数々の有名政治家と具体的なのかかわりについて話す      略
2.日米安保条約と普天間・国連の役割と日本の防衛など 
  日米安保条約は不平等条約だと言われるがそうではない。
  わが国が他国に攻められた場合、米軍とわが国の自衛隊とでそれを排除す る。逆に米国が他国から攻められた場合、わが国の自衛隊を派遣することは ないが、その代わり日本国内に米軍の基地を置くことを認めると言う特殊な
 条約だ。しかし国内にある米軍基地の75%、約5万人もの米国軍人が狭い沖 縄に集中していることは問題が多く、改善しなければならない。
  沖縄の人々はこれまでに三度本土の人々に騙されたと言っている。
 一度目 太平洋戦争で沖縄島民を米軍から守ってくれるはずの日本軍が、島    民を塹壕から追い出し、多くの民間人が戦争の犠牲となった。
 二度目 沖縄本土復帰のとき、核抜き本土並みといわれたのに事実はそうで    なかった。
 三度目 今回の鳩山政権で、普天間基地移転は国外、最低でも県外と希望を
    持たせておきながら、ふたを開けたら何も変わらぬ結果となった。
3.経済情勢と雇用・教育改革など                略
4.日本の行方・民主主義と国家の意思、参議院選挙の行方など   略