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RNO--1110
 2010年4月 本科生講座
演題     【 医学史に学ぶ 】
  講師       千葉大学名誉教授・千葉実年大学校学長
                         橘  正道 先生
講演要旨
  近時、医療が多くの問題を投げかけている。人体の構造と働きは複雑、精 妙であり、その障害を治すことは、かつては人力を超えたもので、神の領域 とされた。よく現在のレベルに達したものである。しかし完全なはずがな 
 い。とくに、近代医学の発展期に見る、人間の賢さと愚かさ、成功と挫折、
 真実と偽りの混じり合いを振り返ってみたい。これは部分的に現在にも通ず る。
《古代および中世の医学》
  病苦よりの解放は人間の最も基本的な要望であり、古来この目的に多くの 才能と努力が費やされて来た。しかし、この課題は余りにも難しかった。
  古くは病気を祟りとして、人々は祈祷に頼った。医術は“慰術”であり、 また呪術でもあったろう。とくにわが国では、それが長く続いた。
  医学と言っても、実体を調べる知識・手段がないため、人体とはどういう ものか、病気とは何かという思弁が主となりがちだった。東洋での西洋でも 医学は永く哲学でもあった。
(紀元前5世紀)ギリシャのヒポクラテスは空想よりは経験を重んじ、多くの 弟子を育てた。医の倫理の根本を確立し、現在も“医聖”と呼ばれる。
(紀元1世紀)ローマのガレノスは壮大、堅固な理論を構築し、その後千年以 上も欧州の医学を支配した。当時可能であった生薬利用を含むた対症療法を 施したが、“自然治癒力”を重視していた。経験により早めに患者の予後を 判断するのが名医であったと思われる。外科学には一定の進歩があった。
 いわゆる中世のヨーロッパには目立った医学の進歩は少なかった。
《ルネッサンス医学》
  医学が科学の領域に入るのは、ルネッサンス以降である。人の精神が自由 になり、芸術と科学が進歩し、当然医学の発展を即した。中でも解剖学はそ の先駆をつとめた。14,15世紀イタリアを中心とした多くの大学で死体 解剖が許される。レオナルド・ダ・ヴィンチも解剖に興味を持ち、ミケラン ジェロの彫刻は解剖学の知識に裏付けられている。日本では杉田玄白による 「解体新書」が1774年出版された。
  生体を物理的存在とみなし、解析し、多くの成果があった。
  時代を画したのは、イギリスのハーヴェイによる血液循環論ー同じ血液が 心臓により駆動され全身を循環するという証明であった(1628)。これ により、権威主義、古代のガレノスの説に縛られず過去にとらわれない自由 な実証研究が大いに進んだ。
  19世紀が始まる直前に一つの奇跡があった。ジェンナーによる種痘法の 発見である(1798)。
《19世紀の医学、その光と影》
  人間が自分の能力と進歩を信じた時代である。自然科学、人文科学、芸術 の進歩はすばらしい。医学もそうなのだが、ここでの失敗は単なる失意でな く、人が犠牲になることであった。
(ゼンメルワイスと産褥熱1847年)
  ウィーン病院第1産科での死亡率、9.9%、他科では3%程度。彼はその原 因を突き止める。しかし、この発見は彼をウィーンから遠ざけたー権威の横 暴、医学会の旧弊。
(クリミヤ戦争の悲劇1853−56年)
  負傷した、または手術を受けた兵士が次々と死んだ。フランス軍の記録に よると直接の戦死者1万人、負傷後の死亡者8万人、全体の兵士30万人中。
 なぜ?ナイチンゲールの活躍、光明婦人ー看護職の確立、しかし大きな失意 があった。
(天才パスツールの偉業1862年)
  発酵の原因、酵母説と触媒説、奇妙なフラスコによる証明ー微生物の仕業
 コッホを先駆者とする病原菌ハンターたちが続く(1876から)、その中に日 本の留学生、北里、志賀ら。
(日本の風土病ー脚気)
  海軍軍医 高木兼寛の挑戦。欧米にはない、思考を重ね、米食偏重に目。
高木は蛋白質量が重要と考えたが、その後、麦飯にも効果を認めた。
(脚気病菌説と陸軍の頑迷)
  米食の伝統、兵士の希望、費用による。さらに多くの学者が病菌説を支持 した。これは根拠無しに近い。その結果、日清、日露戦争の陸軍の脚気犠牲 者は多数、十分な時間があったのに(1894〜95,1904〜05)。
  高木の業績を“学理なし”と非難しつつ、自らの反対論に十分な学理も正 確な実験もない、輸入知識に頼る学者の理由なき優越感、権威主義、当時の 日本医学の幼稚さ、また汚点。日露戦争後、陸軍はついに麦飯を採用。
《20世紀の医学》 
  ビタミンを追い、栄養学の確立、抗生物質の発見と利用、生化学・分子生 物学の興隆、遺伝子機能を含む身体機能の理解の発展、物理的・化学的診断 法の進歩、有効薬物の開発などにより臨床医学の進歩は著しい。しかし、一 方で生命倫理学の必要性がある。依然として、神経・精神疾患は多くが謎。
 医療は元来、難しく、時にあやしく、また経費がかかる事の認識が必要。